· 

自分の中を自由に旅をして、言葉に出会う

昨日はミニカン講座第7期の三回目でした。

 

月曜日に影舞の会もあって、今回7期に参加してくれている方は、影舞の会も来てくれて、ミニカンと影舞の共通点とか、それぞれの体験から感じるものなどをみんなで言葉にしていく中でまたいろいろなものが見えてきた会でした。

 

ミニカンの15分は、話し手が旅をしている。

 

なかなか日常の会話で自分の中を旅するような時間は訪れない。聞き手が15分辿り続けてくれることで、話し手は自由に自分の中を旅して、ずっと自分の中にあったけど言葉になってなかったものに近づいて触れていきながら、丁寧に言葉にしていく。

 

昨日の15分も、見事に聞き手の方と話し手の方の合作で、みんなでレビューしたあとは、聞き方が上手だったとか、話し方が上手とか、そういうのはもうどこかへ行ってしまって、二人が影舞ったその姿とその道行のみが僕たちの目に心に移って、ただただそれを味わうというか。なんとも不思議な世界。

 

聞き手の最初の宣言に「今日は10月31日水曜日です」という言葉があったことで、話し手は「なんか10月、そう31日って聞いて」とこの日付、時間から呼び起こされたご自身の話しがひらいていって、あるひとつの旅路が生まれました。

 

時間というものに、本当に僕たちは、僕たち自身の想いや気持ち、感情、いろんなものを宿らせて生きてるんだなってことを今回を実感させていただきました。

 

なんどやっても奥の深いミニカン、それは結局僕たち自身の奥の深さなのだと思うのだけど、普段はなかなかその深いところに触れられず。まぁ日常の感覚も、ちょっとこう時間と場所を区切ってあらわてくる自分たちも、どちらもあっての存在だとも思うし、でもやっぱりなかなか、日常の日々だけでは、触れられない自分っていうのはいるなと思うし、いろんな形で、バランスを取るとも違うと思うけど、自分の声を聞ける時間を持てたらよいのかなと思いました。

 

夕日が沈んでいくのをじっと眺めるように、影舞やミニカンをじっと心をからっぽにして眺められたら。

 

境界線は溶け出して、間の存在になれるのか。

 

自分がなくなるわけでなく、自分にこだわるわけでなく。